研究代表者知的財産学部 知的財産研究科松井 章浩 教授
研究分担者
知的財産学部知的財産研究科村川 一雄 教授
研究分担者
知的財産学部 知的財産研究科内藤 浩樹 教授
2010年代後半から、半導体、AI、宇宙インフラといった基幹技術は「国家の抑止力=競争力」を左右する戦略資産とみなされるようになった。米中摩擦、ロシア制裁、重要鉱物サプライチェーンの分断といった事象は、従来は軍事・外交に限られていた安全保障概念を経済領域へと拡大させた。東アジアは世界有数の製造拠点と技術集積を抱えつつ、地政学リスクの震源域でもあり、技術情報の流出は「企業の損失」を超えて、国家リスクをも生む状況に直面している。
安全保障の経済化により、特許権、営業秘密、地理的表示(GI)といった私法的インセンティブ制度が安全保障政策の中核に組み込まれはじめた。日本で2024年、経済安全保障推進法により特許出願非公開制度が50年ぶりに復活し、政府審査による技術の公開抑制という公法的介入が再開した。韓国はPOSCO/新日本製鐵事件(2012年)を契機に営業秘密域外規制を強化し、台湾TSMCは社内でPIP(Proprietary Information Protection)を構築している。同時に、日本酒GIは「文化資産を通じたソフトパワー安全保障」の観点から再評価されている。
本研究では、課題名を「東アジア地域における経済安全保障と国際的知的財産権保護との連関をめぐる理論と実務の架橋」と定義し、第一に、理論的目標として、経済安全保障と知的財産保護の接点を再理論化し、国家、企業、地域社会を貫く統合枠組を構築すること、第二に、実務的目標として、①日本の特許出願非公開制度、②営業秘密域外規制、③宇宙技術ガバナンス、④清酒GI戦略という四つの領域で、制度改革と企業実務の両面に資する処方箋を提示することをめざす。さらに、日本、韓国、台湾、米国の知財規制を横断比較し、安全保障ニーズと市場競争促進の両立度を評価することをめざす。
本プロジェクトは、知的財産研究が抱える「民事救済と国家安全保障」の学際的断絶を乗り越え、「日台韓経済安全保障知財モデル」の提示を最終目標とする。これにより、日本企業と政策当局が「技術開示か秘匿か」という二律背反を越えて、安全保障とイノベーションの双方を最大化できる戦略基盤を整備する。
本研究は、東アジアにおける経済安全保障と知的財産保護の相互作用を多層的に解明するために、①比較法的文献研究、②事例研究、③現地調査の三位一体型アプローチを採用した。
①比較法的文献研究
第一の柱は、各国法、条約、判例、ガイドラインを一次資料として収集し、条文、逐条解説、を精査する作業である。具体的には、日本の経済安全保障推進法(2024年改正)、韓国営業秘密保護法(2023年改正)、台湾営業秘密法、米国のInvention Secrecy Actなどを整理した。そのうえで、宇宙条約第9条の国内実施条項や日本酒などの地理的表示(GI)保護制度に関する各国規定を逐条比較した。
②事例研究
第二の柱として、五つの焦点領域に関する詳細なケーススタディを実施した。すなわち、(a)日米間の特許出願非公開制度の設計差、(b)TSMCのPIP(Proprietary Information Protection)制度と情報保護委員会(IPC)の統治構造、(c)POSCO事件にみる域外侵害規制の実効性、(d)清酒GIのブランド戦略と模倣品対策、(e)メガコンステレーション衛星ネットワークが引き起こす知財・環境・先住民権衝突の五つである。すべての事例について、企業や行政機関が公表したESG報告書、コンプライアンス規程、内部監査資料といった一次資料を読み解き、制度設計の意図と運用実態を検討した。
③現地調査(韓国、2025年2月12日〜14日)
第三の柱として、比較法的文献研究分析と事例研究から抽出した論点を検証するため、研究代表者の松井章浩と台湾の弁理士である陳昭明客員教授が韓国を訪問した。
まず、COSMO IPのCEOである金氏と会談した。同社は特許翻訳からコンサルティングへ業態を転換している。金氏が顧問を務める特許法人PLUS(韓国ランキング24位)の実務を聞き取り、日韓企業間NDAの課題を共有した。
つぎに、特許法人HANOLを訪問し、代表のMin Son博士、COOのCho Kyemin博士らと面談した。同事務所が製薬特化型IP業務を展開している実情を調査した。さらに、ソウル市内で国立全南大学のKang Hyun Jung教授とPark In-ho教授に面会し、同大学が韓国特許庁指定の「IP 重点大学」として実施する知的財産プログラムの詳細を聴取した。
最後に、淑明女子大学を訪ねて、河潤秀教授と面談した。同大学がボードゲーム制作やクラウドファンディングを通じたプロジェクトを展開していることを視察した。
【研究成果と考察】
1 経済安全保障概念の拡張と知財ガバナンスの接点
本研究がまず示したのは、安全保障概念の地殻変動である。冷戦期に軍事、外交中心だった「国家安全保障」は、2000年代後半からハイテクサプライチェーンの競争に呼応して、経済領域に拡散した。半導体、AI、宇宙インフラなどの基幹技術が「国家競争力=軍事抑止力」を左右するとの認識が共有され、技術情報そのものが安全保障の核心資源に転化した。ここで知的財産法は私法的インセンティブ制度にとどまらず、国家的リスクマネジメント装置として再編される。特許権、営業秘密、地理的表示といった本来は分散していたツールが、技術流出抑止、模倣品対策、レジリエンス確保を統括する総合的な知的財産ガバナンスの一環として再編されつつある。
2 特許出願非公開制度
日本は2024年経済安全保障推進法により、1960年代に失効した特許出願非公開制度を半世紀ぶりに再導入した。制度の骨格は米国 Invention Secrecy Act(1951年)を参照し、「国家安全保障上の懸念」を理由に出願を公報から除外、審査段階で防衛省・内閣府・経産省が協議し、非公開指定を最長5年単位で更新、という枠組みを採用する。一方、米国と決定的に異なるのが発明者補償と権利存続である。米国は政府による強制買上げ(just compensation)が規定されており、指定解除後は通常通り残余期間を特許保護する。これに対して、日本法は補償額の算定根拠が曖昧であり、指定期間が権利期間から切り取られるので、発明者インセンティブ低下と技術移転遅延が懸念される。さらに、サプライチェーン全体の秘密保持契約(NDA)と特許出願前の情報公開義務との衝突も顕在化しており、企業は研究開発戦略を「早期公開/秘匿出願」の二律背反で再設計せざるをえない。
3 営業秘密保護:TSMC型PIPモデルと東アジアの温度差
営業秘密保護では、日本の不正競争防止法(2015改正)が形式的要件を緩和したものの、技術情報の真正面からの流出抑止にはギャップが残る。これに対して、台湾TSMCのPIP(Proprietary Information Protection)制度が注目される。TSMCは情報を「極秘・機密・内部限定・一般」の四つの階層で分類し、全従業員を対象に年間2時間以上の機密教育を義務づけ、情報保護委員会(IPC)がアクセスログを常時監視、という三位一体の仕組みを運用する。結果として、2019から2024年にかけて、機密漏洩インシデントが0.012%に激減し、投資家へのESG報告書においても「安全保障対応が株主価値を向上させた」事例として評価された。韓国ではPOSCO/新日本製鐵事件(2012年)を契機に、流出技術の越境持込を刑事罰対象に拡大し、国外企業による「不正取得素材の輸入禁止」まで発想が及んでいる。日本は 不正取得品が第三国を経由して流入しても排除命令が及ばず、東アジア域内でも「脆弱」だと指摘された。
4 宇宙技術・メガコンステレーション
宇宙分野では、Starlink型メガコンステレーションが数万基規模で展開されるにつれて、軍民両用性の高い衛星特許が地球規模の安全保障の対象となりつつある地上観測を妨げる「光害(light pollution)」、電磁波帯域の飽和による電波干渉、先住民の聖地上空での衛星フレアが文化的景観を侵害する問題、といった環境法課題、人権法課題が宇宙条約9条「潜在的な有害な干渉」の解釈との衝突を生む。たとえば、ハワイ・マウナケア天文台の事例では、衛星光害が先住民の信仰景観権と衝突し、衛星運営会社が先住民団体と Good-Faith Consultation を行う義務が生じた。従来の特許法的発想では救済不十分であるため、宇宙空間における「持続可能な利用」と「知的財産独占」の均衡規範を再定義する必要が浮かび上がった。
5 清酒GIと文化資源の戦略化
伝統技術分野では、清酒が日本文化を背負う資産として取り上げた。TRIPS協定22条に基づき、日本は2015年にGI登録を完了したが、東アジア市場では依然として類似呼称の模倣品が氾濫し、ブランド希釈が深刻化している。本研究では、出願人団体の監視体制(第三者認証機関との連携)、海外警告書発送と税関差止の実効性、EU日本経済連携協定のGI相互保護条項の活用状況を調査し、GIを「文化外交ツール」と位置付け、経済安全保障のソフトパワー戦略として機能する可能性を示した。
6 今後の研究課題
最後に、研究成果をもとに、現時点で考えられうる政策の方向性を列挙する。
①特許非公開制度の透明化と発明者補償(公報非公開期間を「出願から12年」から「最長8年」に短縮する、補償額を「試算可能な逸失利益+α」とする)
②営業秘密の域外侵害制裁(不正競争防止法21条の類型に「域外取得製品の輸入禁止」を追加する)
③宇宙特許と人権・環境規制の関係(光害による文化景観侵害を「特許権の信義則的制限」の対象と位置づける、先住民協議手続をライセンスポリシー化する)
研究期間中に論文は公表できなかったが、『知的財産専門研究』の2025年度版に掲載することを検討している。また、国際環境法的なアプローチ(生態中心アプローチ)を反映して、科研費基盤研究(A)(B)などへの応募を検討している。
ナノ粒子形成の主要メカニズムとして、レーザー吸収による局所的な熱膨張が広く認識されてきた。しかしながら、本研究の最も重要な学術的貢献は、分子構造が結晶の力学特性と表面特性をどのように変化させ、それが最終的にナノ粒子形成の「モード」(脆性破壊か、塑性変形か、あるいは表面剥離か)を決定するという、詳細な因果関係を明確に示した点にある。これは、従来の一般的な熱膨張モデルでは十分に説明できなかった、有機結晶の種類による効率のばらつきという課題に対し、分子レベルからの具体的なメカニズム的解釈を提供するものである。本研究は、分子レベルの特性(側鎖の有無や長さ、分子間相互作用)と、マクロな材料応答(結晶の硬度、特定の破壊経路)との間の重要な橋渡しを行うものであり、これまで十分に解明されていなかった分野における基礎的な理解を大きく前進させる。特に、「硬い」結晶がより脆性的に破壊され、効率的なナノ粒子形成をもたらすという「硬さのパラドックス」の解明は、ナノ粒子化のメカニズムに関する新たな視点を提供する。また、tPSAのような単一の分子の特性だけでは説明できない要因(側鎖の立体効果や表面自由エネルギーの分散力成分)の存在を指摘し、複数の物理化学的要因が複合的に作用していることを明らかにした点も、学術的に意義深い。
今後は種々の分子特性(例:オクタノール/水分配係数(logP)、分子容など)と併せて多変量解析を行うことで、表面自由エネルギーや分子構造とナノ粒子形成効率・剥離挙動との定量的な相関関係を確立する。これらの多角的なアプローチにより、分子の構造(側鎖の種類と数)が分子間相互作用、結晶の力学特性、表面特性が破壊モードと効率にどのように影響するかという一連のメカニズムを、より深く、説得力のある形で議論することが可能になると考えられる。 本プロジェクトの研究成果が示しているのは、知的財産保護と経済安全保障は一体的に取り組むべき課題であるということである。制度改革(特許非公開、営業秘密強化、GI充実)と実務モデル(TSMC型PIP、企業内情報統制)を両輪とし、さらに環境、先住民、宇宙といった問題を包含する多層的な枠組みが不可欠である。こうした統合アプローチにより、東アジア全体の技術競争力と安全保障の両立が実現できる。
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