日常会話におけるヘイトスピーチを考える際に考慮にいれる必要があるのは、そこが自己呈示(Goffman, 1959)とフェイスワーク(Goffman, 1967)を通した人間関係構築の場であるということである。
相手との円滑な人間関係を維持しようとする場合、フェイス(面子)の互恵的な性質により、互いが互いのフェイスを保つよう振る舞う必要がある。また、立場や考えを共有することで相手との連帯が強まる(ポジティブ・ポライトネス:B&L, 1987)。分析した談話では、会話参加者らが相手の態度を探りつつ相手の発言に同意を繰り返し、互いの差別意識の共通基盤が構築・確認され、強固になっていくと同時に笑いや発話が増えていく様が観察された。
互恵的フェイスワークに基づく「円滑なコミュニケーション」では,「ポライトネス」という会話における規範が「差別をすべきではない」という社会正義よりも強い倫理軸として働いているといえる。我々は相互行為上の要請、ポライトネスの規範のために、差別的談話への参与や相手の差別的発言への同意をせざるを得ない。
「差別」は社会規範からの逸脱である。心理学で古くから,自己開示の程度と相手との関係性との関連が指摘されてきた(Altman&Taylor, 1973等)ように、本来ネガティブな評価を受ける可能性の高い社会規範からの逸脱行動を相手に見せるということは、それだけ相手への強い信頼を示していることになる。
以上のように、差別という社会悪は、個人間相互行為の観点からみると、両者の人間関係を強める「善」として機能しうるのである。
「人はなぜヘイトスピーチを行うのか」という問いに対し、相互行為分析の観点からは以下のように答えることが可能である。
「より大きな社会的正義・規範よりも、会話における人間関係構築・維持(ポライトネス)の規範を優先し、相互行為の相手との人間関係を円滑に保つことが重視されるからである」