このような近代批判のひとつに、1836年に出版された、カトリックの建築家オーガスタス・ウェルビー・ノースモア・ピュージン(Augustus Welby Northmore Pugin, 1812-52)による『対比——中世の高貴な建物と今日の対応する建造物の比較、現在の趣味の堕落を示す』(Contrasts: Or, a Parallel Between the Noble Edifices of the Middle Ages, and Corresponding Buildings of the Present Day; Shewing the Present Decay of Taste)がある。この書物は、複数の図版を用いて、中世の「美しい」町並みと、近代の腐敗した町並みを対比し、近代化によって失われてしまった美徳や高潔さを瞭然と表現している。 例えばこのページでは、1440年の「カトリックの町」(Catholic town)を描いた下図と、1840年の同じ町を描いた上図が一組となっている。中世にはゴシック様式の壮麗な尖塔が立ち並んでいた場所に、いまは工場の煙突が林立し、煤煙が空にただよっている。1840年の図で画面手前に新たに出現している建造物は監獄である。キリスト教精神が喪われたことにより、治安が悪化して犯罪者が増加し、工業化によって空気が淀む——というように、一連の「堕落」は、ピュージンにとっては直接的な因果関係で結ばれていた。返して言えば、このように空想のなかの「中世」とシンプルに「対比」できるほど、「近代」の問題点が自明になったのが19世紀の英国であった。
Contrastsより町の対比。上段が19世紀、下段が中世の、同じ町を示している。
新たな「中世」ユートピア
ピュージンのように「中世」を理想として肯定的に主張する人物が現れ、こうした思潮が特に盛り上がった時代が19世紀ヴィクトリア時代であったが、この時代に生まれた「アーサー王伝説」をモティーフにした文学作品・絵画作品などに見られる、理想的な「中世」のイメージは、今日、遠く東の地である日本においても大きな影響力を持ち続けている。このような理想化をおこなう思想を「中世主義」(medievalism)と呼んでいるが、近年ではさらに、現代における動きをNeomedievalismとして区別し、新たに研究の対象とする向きがあり、直接これをタイトルに冠する研究書も2019年に出版されている(KellyAnn Fitzpatrick, Neomedievalism, Popular Culture and the Academy: From Tolkien to Game of Thrones, D. S. Brewer, 2019)。同書で言及のあるJ・R・R・トールキンの『指輪物語』(The Lord of the Rings)の「戦争」批判は我々にもなじみ深いだろうが、「中世」を通じた政治批判・ジェンダー問題の表象という視角は本邦ではまだ注目を得がたいかもしれない。 前世紀末からの文化相対主義・文化多元主義の加速により、「ヨーロッパ中世」そのものの内実の批判的再考も進んでいる。「近代化」をほとんど「欧米化」と同義に用いている日本においては、ゲーム作品の「中世風」世界などは制作者側にとっては単に「異世界」を表象するための記号である場合もあるだろう。そのため、「娯楽」における表面的な描写にすぎないという見方も抜きがたい。しかし「中世」に限らずユートピア作品、サイエンスフィクションといった、「異世界ファンタジー」の源流たる文学ジャンルにおいては、「異世界」を表象すること自体に、無自覚的であれ批判的視点が内在している。「近代」以前の世界を今日において他者と共有することが持つ意義は、多様なメディアで「フィクション」がより広範囲に流布する現在、ますます大きくなっていくと言えるだろう。
参考文献
D’Arcens ed. The Cambridge Companion to Medievalism. Cambridge: Cambridge UP,2016.
Fitzpatrick, KellyAnn. Neomedievalism, Popular Culture, and the Academy: From Tolkien to Game of Thrones. London: D.S. Brewer, 2019.
Pugin, Augustus Welby Northmore. Contrasts: Or, a Parallel Between the Noble Edifices of the Middle Ages, and Corresponding Buildings of the Present Day; Shewing the Present Decay of Taste. Facsimile of 1841 ed. London: Spire Books, 2003.