通信機器におけるEMC/PI/SI協調設計手法

工学部

電子情報システム工学科

環境電磁工学研究室

川上雅士 講師

 電子機器は不要な電磁波を放射し,他の機器を妨害する可能性がある. このような問題をEMC(Electromagnetic Compatibility)問題と言う.EMC問題を解決することは,安心安全な電磁環境実現のために重要であり,高品質な電子情報化社会の確立への貢献につながる.本研究は,通信機器をターゲットにし,EMC,SI(Signal Integrity),PI(Power Integrity)についても同時に仕様を満足する協調設計手法の構築を行っている.  

研究の背景

 現代において,PCやスマートフォン等の通信機器は高性能化や多機能化が進んでいる.不要な電磁波の放射及び電磁波に対する耐性などのEMCだけでなく,電源の品質に関するPI(Power Integrity)や信号の品質に関するSI(Signal Integrity)といったことも問題になる.これらを満足する設計が必要であり,そのためにトライ&エラーによる設計の手直しが多く,設計にかかる作業が複雑かつ多くなっている.

EMCの例
協調設計の問題点

研究の目的

 その一方で,現代における通信機器の設計は分業化が進み,複数の設計プロセスを並行して進める協調設計が主流である.しかしながら,設計の手直しが発生した場合,他の設計プロセスにも影響を与えるため,結果として手直しに要する工数は増加してしまう.

 本研究では,情報の少ない設計初期段階でEMC/PI/SIについて見積もりを行なう精度と計算速度を両立した数値計算モデルを用いることで,設計手直しを削減できる協調設計手法を構築する.

内容

 数値計算モデルとして,CGや機械学習の分野で使われているデータ保管手法であるRBF補間を採用した.RBF補間は与えられた座標を必ず通る事を特徴としており,高周波回路の近似計算で一致の難しい共振現象を再現可能である.EMC/PI/SIのいずれの問題も共振現象が重要になるため,共振現象を高速に精度良く再現することで設計の見積もりに利用可能である.

プリント回路基板の電源設計におけるEMCとPIの問題
キャパシタの周波数特性

用途

 通信機器で使用されるプリント回路基板の電源設計などに本手法は適用できる.電源設計では,LSIに供給する電源が不安定になるPIと,電源から不要な電磁波(EMI : Electromagnetic Interference)が放射されるEMCの問題がある.従来,キャパシタを実装することで対策してきたが,高周波ではキャパシタはキャパシタ自身が持つインダクタンスの影響で一定の効果しかなく,また実装位置が互いに影響するためトライ&エラー的に実装してきた.本手法を適用することで設計の短時間化が狙える.

新規性・優位性

 RBF補間を用いた数値計算モデルと,応答曲面法により作成した7次多項式の数値計算モデルを比較した.対象としてプリント回路基板に実装するキャパシタの位置と値を変数とした.右図の赤点が近似式ではなく,厳密な数値計算で数時間をかけて計算した値である.それに対して曲面が数値計算モデルを用いた結果であり,RBF補間を用いた結果が赤点とよく一致している.またRBF補間を用いた数値計算モデルは約40 msの解析時間であり,高速かつ精度良く見積もりを行なうことが可能であり,計算量の多い複雑な設計の最適化に向いている.

RBF補間と,応答曲面法により作成した7次多項式の数値計算モデル比較
現在,検討しているEMC/PI協調設計手法のイメージ

実用化までの課題

 実用的なEMC/PI/SI協調設計手法を実現するためには,EMCの数値計算モデルの実現が課題となる.不要電磁放射は簡易的なモデルであれば厳密式による数値計算も可能であるが,実際の製品は非常に複雑になるため,そのまま見積もりとして使うことは難しい.そこで試作品の測定もしくはFull-waveの電磁界シミュレーションで幾つか取得した値から近似式による数値計算モデルを作成することで高速かつ精度の良い数値計算モデルを構築する手法を検討する予定である.

論文

「電源-グラウンドプレーン上に発生する電圧変動の近似式の一検討 」(2020)川上雅士『電子情報通信学会論文誌C』103(5)p.266-269.

「選好度付セットベースデザイン(PSD)手法のフィルタ設計への適用の検討 」(2016)川上雅士『電気学会論文誌A』136(10)p.621-628.

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