腕振り運動の科学 腕振りと体幹のひねりによる歩行補助

工学部

電気電子システム工学科

ロボティクス研究室

田熊隆史 准教授

動物の四脚歩行と異なり,ヒトの二脚歩行は力学的に不安定なものです.体幹や腕部といった質量の大きな部位が脚の上にあり,これを転倒せずに片足で支える制御は大変難しいです.本研究ではこれら上半身を制御の安定性を阻害する要素と考えるのではなく,「うまく上半身を動かすことで歩行を促進できないか?」と考え,そのメカニズムの解明と検証を行います.検証では上半身をバネ要素を持つ柔軟体幹と前後に質点を移動させる腕パーツに近似し,歩行の安定指標である床反力中心が腕振り運動を調整することで操作可能であることを数理的に示しました.またこのことを検証するために実機を試作し,腕振り運動により床反力中心が歩行をしやすいように移動していること,それにより歩行が可能であることを確認しました.

はじめに

二本足で立つ我々ヒトの歩行は,四本足の動物に比べ大変不安定なものとなります.皆さんも小さい頃(今も?)ホウキを逆さまにして手のひらの上で立たせる遊びをしたことがあると思いますが,ホウキを立たせたままにすることは結構難しいです.更に先端部分が重くなったらどうなるか・・・すぐに倒れてしまいます.ヒトの歩行はまさにその状態で,脚の上に重い体幹や腕などがあり,従来歩行の制御を難しくさせる要因のひとつとなっていました.

一方で我々は歩行の際に,制御で行われるようなセンシングや運動指令を随時行っておらず,ほぼ無意識に歩行を実現しているように見えます.このことから本研究では,人の上半身は歩行を阻害するのではなく,むしろ積極的に利用することで歩行の安定化が確保できているのではないか?という仮定を設けました.

ヒトが歩行をする際,無意識に腕を振ったり体をわずかに捻ったりしています.このような運動が歩行の安定性にどのような影響を与えるか調べてみました.調査にあたって,人の上半身を右図のような単純なモデルとしました.このモデルでは体幹を捻る関節(体幹関節)がバネとダンパで支えられています.また腕振りおもりが前後に移動するとしています.また歩行の安定性として,床反力中心(CoP)を算出しました.床反力中心とは足裏にかかる力の重心位置のことで,たとえば前傾姿勢になって足先に力が大きく加わるとき,床反力は前方になります.この床反力中心が自身を支える足裏のなかにあるとき,歩行は転倒しないことが知られています.このCoPが腕振りと体幹捻りによりどのような軌道になるかを解析的に求めました.

 

モデルを用いた解析と実機による検証

 解析にあたり,直立の姿勢でのCoPの軌道を算出しました.算出した結果,いくつか面白い現象が発生していることが分かりました.ひとつは前後に腕振りをすることで,CoPは左右にのみ移動する(前後に移動しない)ことです.腕振りをして体幹を捻ることでCoPが左右に移動することから,腕の振り方と体幹の柔らかさを調整することで歩行中に地面と接触している側の足にCoPを移動させることが可能であることが分かりました.このことから,腕振りと体幹捻りは歩行を促進させる要素になり得るという結論になりました.もう一つの面白い現象は,前後の腕振りを「非対称」にすることでCoPが左右に移動することです.つまり,肩を中心に前方および後方に同じ距離だけ腕(質量)を移動させるのではなく,前方もしくは後方にずれたところを中心に腕を動かすことでCoPが移動することです.

解析で得られた結果を検証するため,実機を試作しました.ロボットはヒトの筋肉を模した空気圧人工筋により駆動します.また体幹部には椎骨と椎間板を模した材料で構成し,椎間板には粘弾性を有するゴムを用いました.腕の筋肉に空気を給排気することで腕振りが可能です.直立の姿勢で腕を振って足裏にかかる力からCoPを測定したところ,下図のように左右方向にCoPが移動することが分かりました.そこで脚を駆動する筋肉に空気を給排気して,腕振りに合わせて脚を前後させてみると,右図のように,わずかですが歩行が可能であることを確認しました.これにより,腕振りと体幹の捻りが歩行運動を促進させている可能性が示されました.

おわりに

本研究では「腕振り」「体幹捻り」という無意識な運動の中に潜むダイナミクスを明らかにして,歩行の補助になり得ることを解析と実機により証明しました.ヒトは歩行に限らず様々な運動を全身を使って行っていると言われています.ヒトが無意識に行っている所作が運動に大きな影響を与えている可能性があり,それを明らかにすることは運動の理解にとどまりません.難しい運動を簡単にさせる「コツ」の発見や,老化により運動が難しくなっても運動が促せる要素になり得ると考えます.これからもこのような運動のメカニズムの解明にあたっていきたいと思います.

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